地震のあと

2011年3月16日 02時03分 | カテゴリー: 活動報告

夕方のニュースで、96時間ぶりに救出されたお二人が報道されていました。25歳男性、70歳代女性の「生きる力」とともに、諦めずに救出活動を続けてきた自衛隊、消防の底力にも脱帽です。未だ家族を探している皆さんには、次へと希望をつなぐニュースだったかもしれません(もっともニュースが届いていればですが…)。

さて、避難所の報道では、「一つのお握りを4人で食べている」「3人で1枚の毛布で寝ている」など、寒さの中での厳しい様子と苛立ちが伝わってきます。エネルギーになる炭水化物をしっかり摂るだけでも寒さは違ってくるので、休息と栄養が行き渡るよう、政府にはかつてない体制をつくってでも、急いでほしいものです。

ところで、避難所では糖尿病や高血圧の薬が足りなくて、一日分しか渡せないと言っていました。そういえばインシュリンが欠かせない人の対応は?医療支援体制と避難所とのつなぎは?今回の地震からは、多摩市も学ぶべきことがたくさんあったように思います。でも、先日の地震後の多摩市内でのお話を聴くと、市民の中での要援護者支援は思った以上に進んでいて、心強いなぁと感じました。

私が以前住んでいた団地(都営聖ヶ丘)では、地震の後すぐに、会長ほか数人が(昼間なので人がいない!これ重大です!)、拡声器と要援護者リスト持って、そのお宅の下から名前を読み上げたそうです。窓から出した顔を見て安否確認したとのことですが、高齢者からは「名前を呼ばれた時は涙が出た」と喜ばれたそうです。自治会や自主防災を通じての日常的な活動があってこそ、いざという時にすぐに動けるのですね(離れてみて有難さを感じている今日この頃です)。
永山では、揺れが激しかった高層階の片付けや配線の復帰など、日頃から付き合いのある若い人が高齢者に力を貸していました(お礼に夕飯をご馳走になったとか)。

誰がどこで、どんな状態で暮らしているかを「何となく」知ってる、気になる…。今回の地震は、こんな関係が拡がるきっかけに、きっとなるだろうと感じています。

静岡でも震度6…浜岡原発が気になります。

(下右の写真は、市役所内にある会派控室。地震で壁板がはがれました。)