高齢者との二人世帯・・・共倒れを防げ

2010年8月20日 13時21分 | カテゴリー: 活動報告

パーソナル・サポートという考え方
駅周辺の清掃の仕事をしながら自立生活を始めた46歳の男性が室内で熱中症で亡くなっていたと、朝日の朝刊に載っていた。ホームレスだった彼を自立まで支援してきた人々や、直前に彼の体調を気遣って休むように声をかけた雇い主は、どれほど残念かと思う。一方、さいたま市では76歳の男性が、息子と同居しつつ熱中症で亡くなったが、彼らは生保を断られ、電気を止めて10年間暮らしていた。父には2ヶ月で十数万円の年金があり(家賃は5万5千円)、息子は腰を痛めて働けなかったというが、この問題を一世帯の問題として扱ったことは、省みる必要がある。結果として、親の年金があるから息子もやっていけるだろう、息子が同居しているから高齢でも支援は不要だろう…という、実態に基づかない判断が悲劇を生んだと言えないだろうか。国民生活基礎調査によれば、生保世帯は全国で108万世帯だが、生保の基準以下で暮らす世帯は597万世帯。所得は生活保護水準より低くても、生活水準もそれ以下とは限らないが、それが可能なのは、湯浅誠さんが示した「溜め」があればだ。若さ、健康、友人、近所づきあい、ネットでの情報収集能力、きちんとしたあいさつができる…こんな、なんでもないと思うことを持ち合わせていない人々にとって、自助も共助もない。世帯としての自助が可能かという判断と、それが困難な場合の、各人への適切な支援がなければ、高齢者どころか、親の年金が途絶えること=自分も終わりという人々を救えず、まだ高齢でない人の生きる意欲までみすみす失わせることになる。パーソナル・サポートの視点なしに、ファミリー・サポートは成り立たないことに、行政は気付くべきだ。

暮らしに最も身近な自治体職員の務めとは
問題解決のヒントを持っているのは担当職員だろう。窓口で聴き取った現実を自分でとらえ直し、熱意を持って上司を動かすような職員であってほしいと心から思う。市長には、時間はかかってもそうした職場の風土をつくってほしい。今の社会不安は、住まい、就労に始まり、地方自治体以上に、国の舵取りにかかっている。そんな中で地方から国を変えるということは、行政で言えば、窓口だからこそ掌握できる実態と、課長、部長、市長…何人もの熱意をためて下から突き動かすことだ。言い方を変えれば、市長を突き動かす原動力は、市民の声とともに、実態を携えた職員の熱意だ。熱中症対策に留まらない、高齢者に留まらない、人のいのちが気になってしょうがない、そういう多摩市職員と組織作り、そして市長会通じて地方からの声を強く国に届けることを、阿部市長には心からお願いしたい。